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探訪記録 福島 6
会津若松市湊町 − 高志王神社
*新編會津風土記の腰王神社 その6(区分イ)
《新編會津風土記の所在地情報》
(イ)會津郡(原組)西田面村(ニシタズラ) ○腰王神社
(白川街道にあり)
○神社項目の記述〈抜粋〉
○八幡宮 〈略〉、村中にあり義家朝臣此地にて白籏を建らしゆえ其處に勧請せりと云う、〈略〉、原村丸山主計が司なり
△熊野宮 境内にあり
相殿八座あり △伊豆神 △伊勢宮二座 △熊野宮 △赤城神 △山神 △機織神 △妙見神
○腰王神社 境内東西一間半南北三間免除地 村西三町計山中ニアリ祭神及ヒ草創ノ年代詳ナラス鳥居アリ村民ノ持ナリ
〈注・文末〉
○寺院項目の記述〈抜粋〉
○興泉寺 村西にあり、真言宗給洞山と号す
△観音堂 境内にあり
《探訪記録》
桑原リスト外
明治8年西田面村・永伊村・上馬渡村・下馬渡村が合併し共和村。明治22年共和村等が合併し湊村。
昭和30年湊村・東山村等が若松市に編入。若松市は会津若松市に改称。
会津若松市湊町大字共和字西田面という所番地があるので、ここを探せばよいはずと思います。
西田面へ行くチャンスはそうはないので、行って探しても見つからない恐れはあるし、話を聞ける人がいるとも限らないので、神社の場所を絞り込みたいと思うのですが、地図等で探してもそれらしいところを見つけられません。
西田面などへ出かけられるようになったので、あらためて地図をよく見直したところ、興泉寺から西に行って道が途切れた先の山の中に小さな四角形が記されているのを見つけました。
四角形の色が住宅に用いられる色ではなく寺社等に使われる色のようなので、ここに何かの施設があるようです。
ここは興泉寺から西に300メートル程で風土記の記述にも合うようなので、ここを訪ねてみます。
*2010年12月11日(平22)探訪
国道294号で湊中学校小学校の案内板を見て西田面集落に入ります。
神社があるので立ち寄ると白籏八幡神社〈風土記の八幡宮〉でした。
集落から西に行くたんぼ道を車の入るまで進みました。周りを見回すと磐梯山が見えました。
左:
白籏八幡神社の参道入口 右: 集落の西、たんぼ道の奥からの風景
山にむかい探すと山裾に小さく低い鳥居がありました。鳥居の社額は消えて読めません。
石を置いた階段があるのでのぼると少し開けてなだらかなところに大きな木々に囲われるようにして小さな社殿と灯籠一基が現れました。
社殿は集落の方を向いているようです。
ここが「古四王社」で間違いないだろうと思います。
「村民の持」として集落の氏子がこの社を大事にし信仰してきたのではないかと思われ、たたずまい雰囲気の好ましい神社でした。
興泉寺に寄って西田面を後にしました。
左上: 山裾の鳥居 右上: 石を置いた階段
左下: 階段をのぼると社殿が現れます 右下: 社殿
地図: マークは、神社ヘの入口付近
《探訪の整理》
『平成の祭』 : 高志王神社 祭神 (主)建沼河別命
鎮座地 会津若松市湊町大字共和字小滝原甲1048 現在住所も同じ
いつからこの高志王表記なのでしょうか。 神社明細帳の時なのでしょうか。
コシを国の名として高志・古志・越等から嘉字・好字を撰んだのだしょうか。
*〈注・文末〉=当初に引用した「新編会津風土記(昭7 雄山閣)」のこの「腰王神社」の部分に印刷の乱れがあり、国立国会図書館デジタルコレクションによって会津藩地誌局版(明34・1901)を引用し、旧記述を訂正しました。〈2021−11−05〉
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