トップ(表紙)
このサイトについて
探訪記録にあたって
福島県の古四王神社
新潟県の古四王神社
山形・庄内の古四王神社
山形・村山の古四王神社
山形・置賜の古四王神社
山形・最上の古四王神社
岩手県の古四王神社
秋田県の古四王神社
探訪記録以外の記事
引用・参照文献一覧
更新履歴
ページ先頭へ
前へ
次へ
ページ末尾へ
福島県の古四王神社
福島県の古四王神社について
福島 1
福島 2
福島 3
福島 4
福島 5
福島 6
福島 7
福島 8
福島1〜8 まとめ
福島 9
福島 10
福島 11
福島 12
福島 13・14
福島 追加
福島 番外
福島 15
福島 図書館
探訪記録 福島 10
白河市大信町 − 胡四王神社
*
WEBサイトからの古四王情報
2005年9月、三春町の真照寺・古四王堂の情報をネットで探していた折りに福島の古四王について検索を広げていくなかで、西白河郡大信村〈たいしんむら〉に胡四王神社の存在を知りました。
サイト「ふくしま教育情報データベース」からは、胡四王神社の写真も確認できました。
また、白河市小田川古四王山という場所があることも分かりました。
さらに、サイト「相双の民俗芸能」の南相馬市・村上の田植踊のページに貴布根神社と古四王神社の祭礼に田植踊が行われているという記述も見つけました。
これには驚きました。
この頃に、PCで「神奈備掲示板の案内とログ」に『「こしおう」 玄松子』で「こしおう」神社数(平成祭データより)の記載を見つけました。
それによると、古四王・高志王・胡四王・巨四王・他で、あわせて22社が検索・抽出されています。
WIindows版の『平成の祭」に付いている検索機能を使って調べた数は21社〈記事「
所在地リストについて
」中の【『平成の祭』について】をご覧下さい〉でした。WIindows版の『平成の祭」では、検索対象に境内社を含まないようで、東山温泉の高志王神社や小徙王神社が検索できませんでした。
《探訪記録》
大信・白河方面そして南相馬を訪ねたいと思って、情報を集め地図を確認したりしていました。
新編會津風土記の古四王社の探訪が一段落したので、次はいよいよ白河・相馬と思っていたところ、東日本大震災の原発事故で南相馬市小高には立ち入ることができなくなりました。
福島へ行き、大信村に行こうと思います。
『平成の祭』: 胡四王神社 祭神 (主)天津児屋根命 通称 胡四王様
鎮座地 西白河郡大信村大字町屋字古舘57
現住所 白河市大信町屋字古舘57
地図情報等によると、白河市小田川古四王山という地名があり、その場所は山になっています。
會津の古四王社にも所在地が街道沿いや宿場町の社がありましたが、小田川も奥州街道(陸羽街道)の宿場町です。
今のところ古四王神社の痕跡は見当たりませんし、付近の社寺堂宇にも古四王に結びつくような情報が見当たりませんが、行ってみて山を歩いて、八幡神社等を訪ね話を聞ける人を探せればと思います。
*2011年4月24日(平23)探訪
この春に花を咲かせる滝桜を見ておきたいと思って出かけました。
滝桜の花は降り注ぐようで、見物人は多く(例年との比較はできませんが)駐車も大変でした。
大信の胡四王神社に向かいます。
胡四王神社は一段高いところに立派な杉などの木立に囲まれてありました。
覆屋の中に二神を祀る二間社流造様式の社が石材の台座の上にありました。大きさは御神輿の大きいものくらいでしょうか。
あらためられるわけもありませんのでそれ以上のことは分かりません。
境内には幾つかの(宮形状の)石宮がありました。
左: 胡四王神社 入口 中: 覆屋 右: 覆屋内の社殿
大信図書館で『大信村史3 民俗篇』=「村の神々」をコピーさせてもらいました。
引用すると、「(二二)胡四王社 胡四王神社は、新潟・山形・秋田・青森など日本海側に多く分布するが、福島県にも僅かにみられる。大信村町屋の胡四王神社は本県の数少ない神社の一つである。有名な秋田や新潟の胡四王神社は、武甕槌命と大彦(大毘古)命を祀るが、町屋の当社は大己貴命(大国主命の別名)を祭神として祀る。勧請・来歴は不明。旧村社であった。祭日は九月十九日であった(『神社明細帳』)が、現在は十月一日である。」
以上該当箇所全文。 〈武甕槌命(タケミカヅチ)ー建御雷神 等〉 〈大己貴命(オオナムチ)〉
胡四王社は、大信地区を代表するような神社ではないようです。
大信地区には旧会津街道が通り上小屋宿があり本陣問屋が置かれていたそうです。
上小屋から町屋までは5q程のようです。
時間がなくなり、小田川古四王山を訪ねることができなくなりました。
《探訪の整理》
文献での情報のなかった胡四王神社を探訪できたのは良かったと思います。
「胡四王」神社と表記され、祭神が大己貴命ないしは天児屋根命ということの謂われなどは不明です。
村史によって、『神社明細帳』(明治11年)に記載の神社であることが知れますので、江戸期には存在していて地元の方によって神社が維持されて祀られてきて、現在は法人社なのに古四王の研究者には知られていないようなので、福島には福島県の「古四王」に関心を払う郷土史家の方はいなかったのだろうかと思います。
祭神が、村史の『神社明細帳』の大己貴命と『平成の祭』の天津児屋根命と違っています。
そういえば神殿(宮形)の縁の部分に大黒様が何体か置かれていました。大国主命を祀っていたなごりでしょうか。
天津児屋根命ー天児屋根命〈アメノコヤネノミコト〉、を春日権現・春日大明神とも呼ぶとのことです。
なぜ違ってきたのでしょうか。
『神社明細帳』のための届出の際に、何らかの変更が指導されるということはないわけではないと思いますが、『明細帳』の記載から祭神が変更されているのは、どうしたことでしょう。
所在地が町屋字古舘となっていますが情報はないのですが城館のようなものがあったのでしょうか。
玄松子さんが『平成祭データ(旧版)』から抽出した「こしおう」データに関しては、福島で残すのはあと小徙王神社となりました。
及川大渓の著作を読むのは2013(平25)年になるので、小徙王神社の情報はこの段階では持っていません。
南相馬の古四王神社について述べている文献・資料は今のところ見ていないので、行かないでいたのが悔やまれます。
ページ先頭へ
前へ
次へ
ページ末尾へ